『シルバーバーチの霊訓』を日本で初めて紹介した『心霊と人生』

東京シルバーバーチ読書会主宰者須江克則氏(日本心霊科学協会協会元評議員)によると、『シルバーバーチの霊訓』を日本で初めて紹介したのは、昭和28年(1953年)雑誌『心霊と人生』12月号の中で、桑原啓善氏が「海外の霊界通信二章」(『ツー・ワールズ』誌からの翻訳)で紹介したのが日本で初めてではないかと言われている。この翻訳がきっかけで、日本のシルバーバーチブームが起こった。

1955年7月号『心霊研究』誌に始めて「シルヴア・バアチー」が登場

日本心霊科学協会の機関紙『心霊研究』に始めて登場したのは、1955年7月号。『ツー・ワールズ』誌より粕川彰子(元理事)の翻訳「シルヴア・バアチー」として掲載され、数回にわたり表紙の裏に掲載された。

  左:1955年7月号 右:1956年10月号

 

『心霊研究』誌に連載された
『シルバーバーチは語る』が
   第二次ブームの火付け役に

 シルバーバーチの第二次ブームが起こったのは、桑原啓善氏が翻訳して約20年後、『心霊研究』1982年6月号〜1983年10月号に近藤千雄氏による翻訳で連載された『シルバーバーチは語る シルバーバーチ霊言集より』がきっかけとなった。この連載はまとめられ、潮文社から1984年『古代霊は語る』と改題して出版される。

 この第二次シルバーバーチブームの当時の様子については、須江克則氏のブログ 「スピリチュアリズム研究ノート ―シルバーバーチブーム─」 に詳しく書かれている。

「この連載は、当時吹いていた“精神世界ブームという時代の追い風”に背中を押される形で、一気にブーム(→第二次シルバーバーチブーム)となった。当時筆者のまわりの人たちも連載中の「シルバーバーチは語る」を話題にして、記事をコピーして回し読みをしていた。また協会を退会した元会員が、連載記事を読みたいがために再び会員となって『心霊研究』誌を購読したという話や、『心霊研究』誌の編集部に「連載終了後に小冊子として出して欲しい」とか、「連載している全ページをコピーして読んでいます」など、多数の声が寄せられた」

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