無常と言う言葉は、何となく淋しく感じられます。然し、無常なるが故に、ファイトが燃えるのではないでしょうか。我々一生、意義あらしめようと思うなら、無常を感じなければ、馬鹿馬鹿しくて、生きる張り合いがなくなるのではないでしょうか。
例えば貧乏人の子は、いくら徳を積んでも、一生懸命働いても、少しも生活状態が動かず、やはり貧しい生活をするより外ないなら、こんな不合理は、神仏の掟ではありませんね。心の持ち方で、物事が変わっていく、ここに生きがいがあり、楽しさがある。
昨日は今日でない。新しい今日、今日新しく生まれた今日、輝かしい今日。光明と輝く、自分の霊光の迫力で、悪は善に、善はより太く長く、次の世代に続けてやる。これ即ち、世は無常なるが故に楽しいのであります。
(上巻176頁、昭和44年、Copyright © 2004 公益財団法人日本心霊科学協会